津波と原発事故

 過去電気通信と言えども技術者の私としては、原発とは知れば知るほど「地震と津波国日本で、それ程甘いシステム構築をしていたのか」と言うこと以外はない。原子炉爆発に至らなかったのは不幸中の幸いとも言うべきものだが、それにしても被害は甚大で、津波とは直接関係がない近場は勿論遠い農村にも被害を与え、農村や漁村や事業などの復興を妨げる原因となっているのは一層大変なことである。放射線への恐れのために、復興開始というムードにもならない。


    原子炉に対しては完全な素人だが、元電気技術者で興味もあり、事故の報道を聞きながら知識も増していった。あの半年少々前には柏崎刈羽原発見学をしたこともあった。そんなことで、知識を増しながら増えていった疑問というものを中心にぶつけてみよう。


  1. 2004年だったろうか、新潟沖地震があった。原子炉は停止したのだが、地面は地面はデコボコになり地中の配管などは相当の損傷を受けたことは知っていた。重要配管などは建屋にでもくくりつけないと駄目だと思っていた。地震は土曜日で、この時事務棟には人が居ず、人が居たら人への被害もあっただろうとも聞いた。
    2010年夏の終わりに柏崎刈羽原発の見学会に行った。この時、この棟は前述の見学で免震棟(事故後、福島も免震棟と聞いたから、同じ時期に建て替えられたのだろう)だと聞かされたから、建て替えられたのだろう。従事者を守る対策はしたと言うことだろう。また、排気系の煙突の強化工事も行っていた。しかし、冷却用の第1次とも言うべき電源などが海に面する全面の低地に置かれていることは知らなかった。知っていたらもっと気になっていただろう。電気屋の知人は、原子炉建屋と発電用のタービン室との間の蒸気管が通っているのを見て、あんなのでよいのだろうか、などと言っていた。

  2. 地震があると、原子炉には瞬間的に制御棒が挿入され原発は停止に向かう。私はこれも100%は信じていない。今回の事故のものは制御棒は下から上に突き上げるタイプのものであるから尚更である。直下地震は希だから、多くの地震は横揺れが多く、至近の場合には小さくとも縦揺れも感じる場合がある。直下でマグニチュード9などが起こった場合には、あのタコのような原子炉本体が耐えられるとも思えない。

  3. 冷却用電源だが、私が理想と思えるものは、第1次は海からみて原子炉建屋後方である。第2次は敷地内に免震の小規模のガスタービンなどの発電機を原子炉共通に置く、第3次は送電線経由の外部電源である。それに第4次としての非常用の発電車なども置く。こんな四重化を考える。
    非常用の発電車などは完全な頼りになるかは心配である。何故ならパワーも小さく、長時間フル稼働させた場合には故障など発生する可能性が高いからである。

  4. 制御室が海に面しているのも信じられないことであった。更に、タービン室だがこれも後方だとどうなのだろうか。地震で原子炉は停止する。しかし、熱は発生し続ける。もし、緊急点検後多少損害があってもタービンが動くならば、これで発電し原子炉を冷却する。第5次のバックアップとはならないだろうか。

  5. 海からの冷却水を取り入れ得るために、冷却装置は低いところに置きたい。しかし、効率は悪くなっても、二段式の冷却水取り入れなどは検討の余地はなかったのだろうか。水で冷やすのが安上がりかも知れないのだが、一部空冷なども考えられなかったのだろうか、



  6. 福島第1は日本で一番古い原発である。アメリカ製のものをそのまま持ってきたものと言える。その後、国産のものは改良を続けられているのだろうが、システム全体としての根本的な改良はなされず、部分的な改良に終始しているのではないだろうか。