ピアノの内部奏法
開業後20年もして、こんなことがあった。
ある演奏会を開催しようとしての準備段階中のことだが、
- 第1段階:演奏家から「ピアノ弦の上に文鎮を10秒ほど置いて演奏したい」と言ってきた。即座にお断りした。自分の調律師に聞いてみたら、その程度なら大丈夫だろうと言っていた、と言うことである。
- 第2段階:すると「別のものならよいか」と言ってきたので、これも即座にお断りした。
- インターネットなどで調べると、内部演奏(弦を指ではじく)プリペアード・ピアノ(弦にものを接触させ音を変える)など小細工もあるようである。
演奏家には、極めてアバウトな人も居る。と言うより、量産製品の設計に携わってきた私には「世の中アバウトなことばかり、アバウトな人ばかり」である。まあ、一般人は仕方がないことだろう。
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第1段階でお断りした理由はこんなものである。
- まず、当方はピアノは日常慎重にメインテナンスしている。埃などを吹き払うために弦に息を吹きかけるようなこともしない。唾など飛べばさびが生じ、そこから腐食が侵食するからである。弦をさわるようなこともしない。脂など異物が付着するからである。こんなことで滅多に使うことはないのだが、ブロアーも持っている。
- 即座にお断りなのだが、演奏家にもの申すつもりで指摘しておくと、
*(推察はできても)どんな「目的」なのか言ってこない。
*「手段」も明確にわからない。どんな位置に、どんな方法で、どんな物質や重さや固さのものを置こうとしているのかがさっぱりわからない。あまりにもアバウトな要請である。
*演奏家はそんな奏法は当たり前と思っているかも知れないのだが、こちらから見れば、演奏方法など際限がない。彼等の頭の範囲で大丈夫と思っているに過ぎない。
*そんなものを許可したときの心配も細かく考えれば際限がない。
「弦の上に置いたものが飛び跳ねないだろうか」「固定方法は・それによる傷は」「弦と置いたものが叩き合うことになるのだから、弦に何等かの影響は与えるだろう」「低音弦などどこの弦にしたいのか」などなどである。
- 調律師も、ピン・キリである。大体が、演奏家の調律師なら日頃世話になっている演奏家に偏った判断をするであろう。私達は100%の調律師、調律師の言うことの100%を信じているわけではない。仮に間違うことはあっても、自分には自分なりの常識や判断がある。
- このような利用は、そもそもピアノ発明者も意図しなかった「荒っぽい利用」と言えるだろう。演奏家は自分のピアノでテストしたり、長年やってきたことはあるのだろうか。
- 仮に何を言ってきても上は変わらないから、第2段階のお断りも当然なのだが、「では何を」とは何も言ってきていないので更に疑問を増すばかりである。
- こんなことを当方の調律師に話したところ、
「ホールの方針で、内容を問わず、内部奏法は禁止です、と即断するのが一番です。早い話一度許可出すと、そう言う事はすぐに周りに広まります。念の為。なぜなら、こういう奏法は、自己顕示を狙いしているからなのです。」と言う話しをいただいた。
- ホールもそうなのだが、100%の人に利用してもらおうとも思わない。100%の人に気に入ってもらおうとも思わない。そんなものはそもそもない。ピアノの利用も同じことなのである。当方には2台のピアノがある。1台は外国製、もう1台は国産である。前者は心配と思われる演奏者にはお貸ししないことにしている。
- 行政管轄のホールなどでは、こんなことを許可する場合もあるだろう。何故なら、彼等にはあまり責任感というものもなく、害も考えない。弦が傷んだら変えればよい、自分の懐は痛まない(税金は使われるのだが)などがあるからである。あるピアノ調律師からこんなことも聞いたことがある「10年もすると公共ホールのピアノは傷だらけなどがたがたですよ」と言うことなのだが、これもこんな精神からそうなるのだろう。