音響の改善
ホール設計時に、小ホールで残響が長い風呂場のようになるのはいやだから、抽象的だが「残響は短く」と設計士に言った。ホール客席周辺には吸音板が設置され、残響時間は約0.3秒位となった。
その数年後50代半ばに私にはこんな経験がある。1000人以上収容できる音楽ホールでの講演の録音時のことである。ホールで講演者の話は、よく聞き取れていた。講演内容を文書化しなければならないので、録音を家に持ち帰り聞いてみたところ、モワモワとして聞き取れない。大きなホールとはこのように残響が多いものかと思った。同時にこのような会場ではマイクを直接拾わなければと思った。講演者から原稿をもらっていたので、それを中心にまとめることが出来たので問題はなかったのだが一瞬ヒヤリとした。
ホールを開業すると下記のように様々な意見が聞こえはじめた。
- 残響が短いので、アマチュアなど音の弱い人や音の弱い楽器ではきつい。
- 一番の後席でも後ろからの跳ね返りがなくて良い。
- (耳が遠く強く補聴器をかけている人から)補聴器がハウリングを起こさないのでよい。
- 調律師さんからは「もう少し残響があった方が良いかも」
- 最近ではこんなこともある。あるヴァイオリン演奏会が開催された。演奏家はパワーのある人ではなかった。伴奏のピアノに音はかき消され、伴奏者が少し音を弱くした方がよいと思うほどだった。演奏家はそのために、通常以上に音を出していたようだ。腕がくたびれて痙攣してしまい一時演奏が中断された。後で演奏家から「響かなくて」と言われたのだが、本来は音量のなさとピアノとのバランスの悪さが原因である。その前のヴァイオリン演奏会などは若い人でパワーに溢れており、逆にうるさいほどだった。
このように様々なのだけれども、演奏家にもう少し楽なように残響を長くした方が良いかなと言うことになり、のんびりした話しだが、開業後20年経過して腰をあげることにした。
- 「もう少し残響を」などと言われると、技術がかった私だから「低音部なのか・中音部なのか・高音部なのか」、音を吸うところを板で覆うにせよ「板の硬いや柔らかい、板のサイズ、板の止め方」などでどうなるのかなどが気になる。
- 「もう少し残響を!」と言う人に聞いても、誰からも明確な回答は返ってこない。
- 小さなホールだから、無駄な改善経費も使いたくない。専門の音響職人を呼んで検討もしたくない。理想論でいじくり回されお金がかかりすぎてしまうと思うからである。
- こんな話しをしているときに、調律師さんから「高レベルのヴァイオリンの先生が居るから、一度使ってもらって聞いてみようか」という話しが持ち上がり、そのようにしてもらうことにした。勿論ホールは無償である。
- 家族のすべてが、自分のホールでそのような観点から落ち着いて音楽を聞いたことはない。その時はじめて、そのような観点から聞くことになった。
- その結果だが「小ホールで残響も少ないから音は非常によく聞こえる。ただ、音源からの音だけが聞こえると言うことは、音が硬くて柔らかみなどがない」と言うことだった。吸音してしまって音が小さいということではないらしい。私は参加しなかった。聴力低下20dB以上で、高音部はもっと低下という爺耳で聞いても意味がないからである。
他の言い方をするならば「音がまろやかになる」と言うことなのだが、ごまかされてしまうと言うことでもある。所詮一長一短、好みである。利用度アップの営業策とも言える。
- 数年前から年1回点検に訪れる、舞台装置屋さんに雑談レベルで残響改善を話してみたが鈍いものである。照明装置点検が主体の会社だろうからである。
- 私のホールはそんなに理想追求のつもりはない。音響の専門家や専門企業などを相手に話をすれば、理想論と金儲けに振り回されてしまう。
- こんなことで、付き合いが続いている設計士、最近工事を諸々お願いしている大工さん、当方の智恵で出来る範囲で行う方針とした。
- 偶然だが、このちょっと前に、ホールでの録音はこれからはパソコンで行うことにした。テープやその機器の衰退からである。もうテープの時代ではない。
パソコン録音では波形も見える。音源は手でも叩けばよい。これで専門家を使わなくてもおおよその残響や改善状況はわかるので、カットアンドトライで作業することもできる。
さて、具体的にどうして行くかだが、
- 反響版を設置して行くことだろう。
- 反響版の板の選択は注意しなくてはならないだろう。ピアノの反響版(蓋)だが、ピアノを鳴らしているときに振れてみると、想像をはるかに超えて板が震動している。震動幅が目にみえるほどではないかという位に震動している。こんなことを考えると板の種類や1枚の大きさには気を使わなければならないだろう。
- また、その設置方法だが、板を細かく固定した場合と粗く固定した場合とでは異なってくるだろう。さらに、壁などと板の間に空隙を持たせ浮かした状態でないと駄目だろう、などなど気になる点はいろいろ出てくる。
- 高音・中音・低音などどこを狙うかも気になる。
考えれば考えるほど複雑である。
こんなことで対策は、
- まずは、舞台部で音が抜ける上部を塞いでみよう。
- 高級な板は使わず、12mm程度のベニヤ板ならば、(音量は数人のクラシックレベルなので)ビビリ音なども出ずに、適当に跳ね返り・震動もするだろうから、残響を補うだろう。ただ、取付方には注意を要する。
- 設計士や大工に相談しても、精度の高い答えは持たないだろうから、こちらの意思で大工に直接指示し依頼しよう。
- 客席の天井部分にも音抜け部分があるから、ベニア板などで1/3程度を被える板を用意しておいて徐々に自分で調整してみよう。・・・(天井は鉄のフレームが屋根から吊られている頑丈なもので、そこに荒いメッシュ板が止められているだけ、この上に板を置くと言う計画)
と言うことになった。
厳密な数学的な解析は必要なく、理解にも限界があるのだが、こんなことのようである。
- インパルス(幅が無限に狭い単一の衝撃信号:電気や音など)・・・無限に幅が小さいと言うことは、エネルギーも無限に小さく、モデルのインパルスは実際には測定は出来るものではない。しかし、このインパルスというものは零から無限の周波数分布というものを持っているのが特長である。遮断する以外は、どんなフィルターでも通過してしまう周波数部分があると言うことである(例:FMラジオに車のエンジン雑音が入るなど)。
- それでは測定など出来ないから、インパルスを周期的に連続してある時間間隔だけ発生して、測定を行うことになる。周期的・連続的・ある時間間隔ということは、周期に連動して特定の周波数成分を呼び起こしてしまうことになる。
- そうなると、残響測定は、いろいろな周期で実施してみなければならないことになる。
- 知っておきたいことにフーリエ(Fourier)変換や級数というものがある。波というものは様々な形をしている。もっとも自然なのは正弦波(アナログ:詳述は避ける)というもので、これは「単一の周波数しか含まないもの」なのだが、規則的な波ならば、正弦波を組み合わせる(基本波、2倍の高調波、3倍の高調波、・・・無限倍の高調波を大きさや位相を考慮して加え合わせる)ことによって、どんな波形の波でも生成でき、どんな波形の波からも組み合わさっている周波数成分を分解できるというものである。
今はディジタル社会であるのだが、矩形波など不自然な形をしている信号も所詮、アナログ信号の混合に過ぎないのである。
- こんなことで、フーリエ変換が音響の解析には使われる。音響では高速フーリエ変換(FFT:Fast Fourier Transformation)などと言うらしいが、多分音などは周波数が高いから、こんな風に言うのだろう。しかし、放送電波などはもっと高いから、音響屋さんの言葉なのかも知れない。
- こんな事なのだが、音の発生や分析が簡単に素人に出来るものでもない。
- 学生時代に、音の波形を見ながら、ある種の音を聞いていると「ジージー」という蝉の鳴き声に似ていた。ある種の蝉は矩形波を発しているのかも知れないと今でも思っているが調べたことはない。
改善結果は半年後ほどには報告できるかも知れない(2012.6.1)。