内容分類 |
入院以前 |
入院中(10/1〜12)(-3〜8) 入院中の状況の詳細 |
10/13〜31(9〜27) 10月の状況の詳細 |
11/1〜30(28〜58) 11月の状況の詳細 |
12/1〜31(59〜89) 12月の状況の詳細 |
最終段階の予測 (術後1年?) |
内容分類 |
尿意・ 状況全般 |
- 1回の通常尿量300cc位、たっぷり貯めてトイレへという方ではない
- トイレは日に10回程度、尿量1日3リットル
- 寝る前に水物をとる習慣なので、夜中のトイレは1回以上、とりすぎると2回3回
|
- 点滴が入っているので尿量は4リットル
- 4日の手術後から8日のカテーテル抜きまでは垂れ流しで出てしまうので尿意は感じるはずもない
- カテーテル抜いても、急には感覚も戻らず筋肉も締まらず(腫れなどのせいか?)ほとんど垂れ流し、垂れ流し率70%
- パッドは当初20枚以上
|
《下旬》
- 尿意を少し感じるようになる
- 1回の尿量200cc位まであがる、しかし、そこまで待たずにトイレに通うこと多い(漏れるとパッド交換大変)
- パッドは毎日10枚程度、旬末には10を切る
|
- 《上旬》尿意は以前よりは感じるようになった。漏れが少なくなり膀胱に溜まる量が多くなった結果だろう。量も最大で8割位に回復か?
- 《中旬》弱いが感じる程度、
あまり貯めると漏れる→早めにトイレに→尿意が強くまではこらえていられない、と言うことか |
- 座った状態で尿が多く溜まれば尿意は強くなる、しかし、トイレに行こうとして立つと抑えが効かず漏れてしまう、
- こんな状態だから、あまり尿を溜められない、まだ200cc位であまり変わらない、だから尿意はまだそんなに大きくはない、
- 何か尿道からポロリと出たような気がする。この直後から失禁は急激に回復をはじめた?(詳細は12月中旬参照)、
|
膀胱容量は最終的には250〜300行けば御の字のような気がする。 |
尿意・ 状況全般 |
失禁 動いてるとき |
寒い時に外で動いていると強い尿意でトイレに行きたくなるが、あまり出ない、などの状態あった、 |
垂れ流し100% |
- 歩くと完全に漏れてしまう、歩くと駄目なのは、底筋がまだ完全に閉じられない上に、動きで緩むからだろう。座っている場合は、体重で臀部を下に押し付けており底筋も押しつかられ広がるから自然と絞まるのだろう、
|
- 歩いても、静かに歩くのなら少々(30→50%)残るようになった、
|
- 歩いても、静かに歩くのなら益々(50→80%)残るようになった、
- 散歩など歩き続けると駄目である、少しずつ漏れているのがわかる、でも重苦しさは意識しなくなった、この動き範囲ではほとんどなくなった、と言えよう(中旬)
- 何と言っても、失禁ではここのところがキーである。
|
- 《動いているとき》
春が来て夏が来て、その間発汗で尿が減り(私は非常に汗っかきである)、動きも容易になるのではなかろうか。その間、底筋訓練を続けていれば秋口にはこんなに回復したのかと思えるような時が来るように思える。結局1年がかりなのではなかろうか。失禁なしの人も居るようだが、ちょっと信じられないという感じである。
- 《静かにしているとき、
寝ているとき》
全然問題なくなるだろう。
|
失 禁 |
失禁 静かに しているとき |
特になし |
垂れ流し率50%、と言ってもパッドが濡れて気持ち悪いので交換、その時残っている尿を出すという状況 |
《下旬》
- 極めて静かに立ち上がらないと、ほとんど漏れてしまう、垂れ流し率少しずつ減
- 尿道に力を入れないで静かに立つ→そのまま一時動きを止める→ぐっと出そうな圧力を感じるのでこらえる(この時、尿道は少々痛い)→静かに歩き出す、こうすると以外に漏れないことに気付く(旬末)
|
- 静かにしているときの漏れは少なくなり、徐々にトイレにもかなり溜めたまま行けるようになった、
- 前立腺がなくなり、その分抵抗が少なくなったせいか尿の出は身持ちよい程極めてよい、
- 気候が寒くなり、トイレの回数が増えてきたのは苦痛、事務所足下に赤外線ヒーターを置く、
|
- 尿道に力を入れないで静かに立つ→そのまま一時動きを止める→ぐっと出そうな圧力を感じるのでこらえる(この時、尿道は少々痛い)
10月にはこうだったが、今はこらえ方も弱くなり、尿道の痛みのなくなった。しかし、まだたっぷりためてという状況ではなく、尿意は弱い、トイレに行って出すと「こんなに溜まっている」というような状況が多い、
|
失禁 寝ているとき |
失禁は全くなかった、 |
上向きに寝ているので、尿道が上という位置だけで尿が止まっている感じ、垂れ流し率50%、起き上がれば漏れるのでベッドで尿瓶使用開始、これは止まっている尿とは言えないだろう、 |
寝ているときだけ極めて静かだから少し尿意は感じていたのだろう、寝ていても起きて尿瓶を使うことができた、 |
退院後これまで、夜間は尿瓶とパッド使用で、パンツやシーツなどを大きく汚すことはほとんどなかった。シーツなどを汚してあわてて交換などは一切なかった。私の眠りが浅いこともあるだろう。パッド交換は0/1回である、横向きになっても失禁しなくなってきた、足を揃えているので底筋が絞まっているのだろう、 |
- 尿瓶が楽で就眠中は使っている。結構たっぷりたまる(300cc位)ようになった、
- ただし、バラツキは大きく、睡眠中3〜4回尿瓶を使う(少し回数は減っている;9時頃まで食事の習慣で寝るのは11時頃、夕食でとった水分が尿として出ていない状況で就寝が習慣)
|
痛みと足 |
- 患部はなし
- 右足付け根が筋を違えたような感じで時々軽く痛い(古傷?)
- 臍下10センチの右腹部に違和感を8月頃より感じていた。違和感とは、痛くも痒くもなくしこりもないのだが、さするとこりをほぐすような感じである、
|
- 手術の痛みは全くなし、
- 寝た状態で延ばしたままの左足があがらない、術前はこんなことはなかった、左足の付け根が足を上げようとすると痛い、手術における筋と器具の干渉か?
- 発熱が4日続く(手術翌日は38度台、その後37度台)、
- 薬は、術前に抗生物質2錠だけ、
|
- 退院当初は、動いても歩いても以外に下腹部に重苦しい感じはなかったのだが、徐々に増してきた、
《中旬》- 長歩きすると患部の重苦しさは少々ある、
- 時々、患部がチクリとすることがあるが、強い痛みではない、ズキ程度はあるがズキズキはない。
- 座布団に長く座らなければならない状況が2回ほどあった、臀部の肉が翌日ちょっと痛い、
|
- 歩いたときの重苦しさ(痛いという感じではない)は結構あり、帰ってきて横になって休んだりした。それは、徐々に軽くなっていった。
- 時々、患部がチクリとすることがあるが、強い痛みではない、ズキ程度はあるがズキズキはない。
- 座布団に長く座らなければならない状況が2回ほどあった、臀部の肉が翌日ちょっと痛い、
- 寝た状態で左足を延ばしたまま上げることは、可能になったが、まだ左右アンバランス、
|
- 歩いても重苦しさは極めて軽くなった、
- 時々、腹部のどこかでチクリがあるが、気にはならない、
- 寝た状態で左足を延ばしたまま上げることは、より容易になった。風呂に入って足のふくらはぎをもんでいると、ふくらはぎや太股の左右の筋肉のバランスが結構違うことの気付く、左足が上がらないのは手術の一時的影響と思っていたが、私のアンバランス要素が強く、手術で全体が弱ったことから来たように思えてきた、
- 違和感と一番左覧で書いた部分は、術後は何ともなくなって、しかし最近チクリとすることが発生している(痛いというほどではない;12月10日)、
|
手術1ヶ月前から動きは緩やかに、手術後はのんびり歩き、こんなことから足の筋肉の弱りは予想をはるかに超えている。宇宙飛行士が宇宙滞在を長期にした後は永久に戻らないなどと聞いているが、こんな病気でも事後訓練を怠るとそうかも知れない、程々ハードな訓練が必要だ、。 |
痛みと足 |
骨盤底筋訓練 |
骨盤底筋は少し弱い方かも知れない、便を我慢すると脱肛気味になったり、寒い日など大して尿も溜まっていないのに漏れそうになったり、ということがあったからである。訓練しようとしたが、力一杯やると肛門が重苦しくなり続かなかった、今回はそうは行かない、 |
退院間際に看護婦から資料をもらい説明される、 |
退院後、やりはじめたのだが(10秒×10回(一度に)×10度/日)のノルマを果たそうとすると、重苦しくなってたまらない、私は退院後事務所に復帰し、立ったり座ったりその度に漏れそうになり底筋訓練という具合だから、指示通りは考えものと思い始め、少し回数を減らすようにした、 |
思いだしたように底筋訓練をやっているが、日に実質50回程度だろう。中旬末頃から重苦しさもなくなってきたし、真面目にやらなければと思うようになる。訓練をやった後の重苦しさもなくなってきた、 |
- 2日に外来で先生から失禁留めの薬を出しましょうかと言われたが、お断りし、しばらく訓練結果を見ようということにした。薬で良好になれば、訓練を怠る。
- 底筋訓練を怠りがちである、
|
これは惚けるか、惚けなければ死ぬまで続けなければならないことだろう。病気しなかった人よりは弱いのだから、訓練を続けなければ老化原因でまた失禁が来る可能性は高いだろう。 |
骨盤底筋訓練 |
歩行・運動 |
|
|
- 退院後1週間で子犬の散歩に出てみた、しかし辛いので妻任せ、まれに私が(歩行距離1〜2H)、
|
- 歩行速度は増していない(増すと漏れるのが一番の原因)、
- 犬の散歩も前月同様だが、少しずつ楽に歩けるようになる(下旬)、
|
- 少しだけ足がしっかりしてきた、
- しかし、左足弱い
- 脚立を上下したら、膝・足の付け根ががくがく、今まで歩幅も狭く動いてきたので股関節など固くなっているのを自覚する(上旬)、
|
努力次第だろう。 |
歩行・運動 |
声 |
|
- 術後、5日ほどして声の出が変になった、最初は風邪かと思ったがそうではなさそうである、
- 大きく声を出そうとしても、声帯が弱々しくしか振動しないのである、
- 家族もこれに気付いていたようである、
何の影響だろう。 |
- 月末くらいには何とか元の声に戻ったと自分で感じた、家族は退院後数日で戻ったと感じたようだが、私はそうではなかった、
|
この後、書くことはなさそうである、 |
× |
・・・・ |
声 |
その他 |
《入院以前》
- 足にだるさは子供の頃から少々持っていた、大人になっても変わっていない、
《入院中(10/1〜12》
- 10日にシャワーを使う(医師に聞いたらOKということで)、
- この頃から以前以上の足にだるさを感じ始める、
《10月中旬》
- 退院翌日から(13日)から事務仕事復帰、垂れ流し率70%
- 《予期せず以外につらかったこと》
私はパッドをふんどしのように使っている。失禁から陰部が濡れていること、陰部をパッドで圧迫していることからの擦れ、などでペニス先が痛いことがある(炎症と言うほどではないのだが)。これが以外に辛いことである。ペニスがフリーになるパッドがあるとよいのだが。
- 自己判断で18日より湯船につかる、最初は1分ほどしかつからなかった、数日徐々に時間を延ばした(私は長湯の方ではない)、1週間ほど様子を見ながら通常にした(満足するまでつかる)、
- 絆創膏はとれる、
- 足がだるい、足枕を使う(代用品で)
- 臀部の肉が少々腫れているように思える、
《10月下旬》
- 傷跡は旬末にはほぼ治りかさぶたもとれる、
- 咳やくしゃみで腹部がその時だけまだちょっとだけ痛い、筋肉痛のような感じ
- 足のだるさは減ってきた(あまりもんだり、サロンパス必要なくなった)
- お酒を飲むと、身体が急激に熱くなる、ホルモンの影響か?
- 漏れから、尿臭さがある。1日2回程度は患部を洗うように心掛けはじめた、
|
- 咳やくしゃみでの腹部の筋肉痛はなくなった(中旬)、
- 腕に力が入らない感じが出てきた(中旬;実際には力は入る)、原因不明である、
- 足枕は使わなくなった、
|
- 縫い糸がまだ少々残っている、
- 足のだるさ改善は一定値で飽和(これ以上はなくならない)の感じ、
- 亀頭の痛さはなくなった、漏れも少なくなり、濡れている状態が減ったからだろう。
- 変に汗ばむようなことはなくなった、ホルモンの影響が薄れてきたのかも知れない、
- 注射したホルモンのせいか、頭の毛の生え際が黒く、毛も太くなったような気がする(ホルモン使用は6〜9月、注射6月1回)、上とは逆に遅延の効果か?
|
|
その他 |
生活一般 |
《食欲》あり、入院前日まで酒(日本酒1合程度)もタバコ1mgを日に数本)も、 《運動》入院1ヶ月ほど前からセーブというよりは、そんなこと考えている暇なかった、 |
《食欲》お腹減って仕方がない、 酒とタバコは当然中断、 体重は入院時と退院時で変わらず、筋肉落ちてこれだから肥った、 |
《食欲》お腹減って仕方がない、退院後数日でお酒(日本酒1合以下で)もタバコ(1mgを日に数本で)も再開、 《外出など》17日車運転、18日夜地域会合、21日夜屋外で3時間ほど事務的手伝い、28日外来、29日銀座で同窓同期会、
《運動》20日頃恐る恐るゴルフクラブ30%の力で振ってみる→何ともなし、月末には70%、 |
《食欲》中旬から少し落ち着いてきた、 《外出など》いろいろな会合に出はじめた、
《外出など》地域会合、忘年会などなど夜10回以上、
《運動》中旬にはゴルフクラブ100%の力OK、 |
《体重》肥った状態は変わっていない、退院時70キロが71になっている(中旬)。 |
体重減らしの努力が大変である。胴回りは退院後3センチは太くなった。 |
生活一般 |