快復状況
2006年6月から(前ページと一部重複)
あまり記録することもなくなったので、何かあったとき、あるいは総括的に記録するようにすることにした。
- 《6月:前立腺癌宣告から1年、手術から9ヶ月目》
外出時など失禁が心配だから3枚程度のパッドを持って外出していた。今も、それは続いているのだが、外出先でパッド交換をすることも少なくなった。小犬の散歩でもほとんど漏れることはない。5月から6月はじめまでに軽いハイキング1回とゴルフ5回、こんなことが結構効いているのかも知れない。足も随分と軽くなった。ゴルフでは、面倒でないときは途中のトイレでパッド交換する。ただし、今一生懸命体重減に努めている。入院時70キロ、その後のピークが74キロ、何とか68程度まで減らしたい、肥満でゴルフが飛ばなくなったからだ。
減量のために、通常生活では夕食は軽め、焼酎のお湯割り一杯にして、その後は食べない・余程のどでも渇いた感じがしない限り飲まないを1ヶ月ほど前から続けている。こんなことで特別の努力もしないで体重は3キロ落ち71キロ、前述のように運動もしているので身体も軽くなった。こんな影響で、夕食後の水分摂取も減ったから、夜にトイレに行くことも減った(暑くなり発汗が増えたことも影響している)。体重増の原因は、術後のタバコ減少で食欲が増し、その3ヶ月後に胃の検査で軽い潰瘍とピロリ菌が発見され抗生物質の1週間の投与で(多分菌が除去され;チェックのための検査は7月)、潰瘍の治癒で益々食欲が増し、と言うことも大きな要因と思っている。入るズボンがなくなって、あわてて買った胴回り90センチのズボン数本も、しわが寄ってきた。
今のところ通院は2ヶ月に1回、先生と1分程度面談し血液検査をして帰ってくるだけである。しかし、今度は甲状腺でも引っかかっていて、別の科にもかかりはじめた。「本当の身体の騙し騙し人生となった」と言うことですね、と先生と話している。
勃起等について触れておこう。65歳になり今更と言うことで、精神的にはほとんどダメージもないのだが、勃起能力はなくなった。なくなったのは、カソデックスでは少々落ちたかなという状況だったものが、注射を打った昨年7月の瞬間から完全に落ちた。注射はそれ以降していないしカソデックスというホルモン抑制剤も9月でやめているから、もう、これらの影響はなくなっているだろう。身体の異常なほてりもほとんどない。従って、手術の影響と言うところだろう。先生から、神経は半分残したと報告を受けている。こんなことなのだが、朝など亀頭が少々ふくれて大きくなるという程度である。勃起能力はないし、感覚も鈍い。しかし、感覚はある。前立腺を摘出して、感覚はあると言うことでどういう感じなのか試したくなったので、亀頭を刺激してみる。精液の代わりに残尿が出てきた。こんなことを書いて恥ずかしい気持ちがないわけではないのだが、患者としては気になること、でもどんな本にも書いていないだろうから。
タバコはまだやめられない(1mgのものを10本程度)。妻はあきらめている。この年齢になってタバコをやめると惚けると言う話しを何回か聞いたことがあり、本当なら惚ける方がいやである。お酒は退院1週間後から少々の晩酌を再開している。月数回は地域の仲間と深酒になる。後で後悔するのだが意志が弱いから、悪習は直らない。身内から術後1ヶ月位は酒は駄目と言われたことがあるが、本当かどうかはわからない。
- 《7月:ホルモン注射と抑制剤から1年》
減量のために最近は、夕食後(私の夕食は8時から、寝るのは11時半頃)には食べ物(果物も)を取らないようにし、おやつも極力避けてを6月より開始した。体重はあっという間に3キロ落ちたが、それ以降は横這いである。
パッドの使用は、風呂に入った時に交換し、それが翌日の風呂まで持つようになった。何かの拍子に、ほんの少々漏れることもあるのだが、夏と言うこともあり多分乾いてしまうのだろう。良くなってきたという安心から、底筋訓練はさぼりがちである。日に数回思い出してやる程度である。
ゴルフは他の用事が置くてプレイのタイミングを失っているので、ゴルフにおける失禁はちょっとわからない。
胃の方は上旬にピロリ菌の除菌結果を調べるために上旬に胃カメラを飲む。結果は中旬末にわかる。→結果は一応OKだった。
甲状腺のホルモン異常(バセドー氏病傾向)は徐々に正常値に戻ってきている(原因はわからないようだ)。
こんなところである。
- 《8月》
ゴルフの場合には1ラウンドで2回のパッド交換をする、長歩きの場合にも同様である。
陰部の汗かきの影響でパッドが湿る。その結果だろうが、陰金たむし的状態になり、睾丸付近全体に軽いかゆみが出ているので売薬で対処している。睡眠中の失禁は全くないのだが心配だからパッドは当てている。静かに寝ている状態では、パッドを当てた陰部に通気がない状態になるので、蒸れる状態になり、環境が悪い。一番小さなパッドに変えようかと思う。
その他、記述事項は特にない。
- 《9月:ホルモン抑制剤停止から1年》
ホームコースを訪れると、カートがあるコースは一杯と言うことで、ない方に回された。そろそろとカートなしでテストしてみたかったので丁度よい切っ掛けになり、テストしたが何とか1ラウンド歩くことが出来ほっとした。
- 《10月;手術後1年》
手術後1年が経過した。PSAは0.06以下に留まっている。失禁は通常生活ではほとんどなくなったが、少し激しく動くと多少ある。そんなことでパッドは念のために当てている。まあ、底筋訓練をさぼっていることが快復がこんな程度である理由だろう。結果的には退院時に、看護婦さんから指示された1/3程しかやってこなかっただろう。手術部分がチクリもなくなった。ほてりもなくなった。気になる点は唯一「足の地面を踏む感覚が鈍い」ことである。一部のリンパ節除去から、気付かない範囲で足にむくみがあるのかも知れない。秋になり涼しくなるに従い、強く感じるようになった。発汗が少なくなったせいかも知れない。体重は73キロで術後より3キロ増である。
発見から今まで悲壮感というものは全くなかったのだが、今振り返ってみると術後の失禁というものは結構大変だっのだなと思う。「動けば漏れる」だったのだから。1月に甲状腺ホルモン異常と判定され、薬で治療を続けている。飲んでいる薬はこれだけである。ホルモンは正常な方に向かっているのだが、原因不明である。
- 《11月》
今月は通院なしである。ゴルフは4回だった。カートとは言え結構歩いたせいか、足の鈍さは少々改善されたような気がする。
- 《12月》
- 12/4 内科で甲状腺の経過診断を受ける。先生に「これまで薬治療を受けてきたが、原因はお話しいただいたことはない、老化と理解してよいのでしょうか」と笑顔で質問を向けると「そうなのです。研究レベルのものです」と笑顔で返ってきた。
思い出して更に「お話しするのを忘れていたが、1年ほど前からキーボード使用時に、特に左指が震えるような感覚でミスタッチが多かったが(右腕も鉛筆などで字を書こうとするとスムーズに走らない)、最近は感じなくなったが、甲状腺ホルモンの影響はあったのだろうか」と質問すると「そのような影響は十分に考えられます」と返ってきた。
- 12/8 泌尿器科で経過診察を受ける。先生よりPSA=0.06以下との報告を受ける。パッドは通常時は念のためにつけている程度になった、運動したときには少々失禁する、と答える。先生との面談は30秒ほどである。
- 意識的にではないのだが、就眠は11時頃となってきた。就眠が早まったせいで、寝際にあまり水物も取らない習慣になってきた。こんなことから冬入りしたにもかかわらず、夜のトイレは通常時は多くて明け方1回程になった。0回の時も結構ある。
最近、テレビで見たのだが。人間の身体というものは睡眠時には活動が落ちて、正常なら尿を生成が減るのだそうだ。夜、お茶などを飲むと眠れず頻繁にトイレに通うのは「眠れないために身体の活動が落ちないためである」ように思える。
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