快復状況
2007年1月から
- 《1月:手術から1年3ヶ月》
昨年から実施している人間ドッグで腎臓等をチェック要と言われ内蔵のCT検査を勧められる。
- 《2月:》
- 2/6 CT検査を受ける。2/9 異常はあるが心配ないと言われる。最近、PSAの値が0.001まで検査できるようになったと先生から聞かされる。これまでは0.006だった。
- 1月末から1週間足らずの日程で近場の海外に出かける。タバコは手術前の2005.10.1より10.12まで禁煙し(病院であきらめの境地・ぼけっとしている・寝たいときに寝ている、などで禁断症状などは全然感じなかった)、その後はまた再開していたのだが海外では吸うのも不便で45年間吸い続けてきたタバコの禁煙開始を決める。禁煙は2月下旬も続いている。
- 禁断症状はこんな感じである。
3週間ほど経過しても、吸いたい気持ちや禁断症状には変わりはない。食事後に少々吸いたくなる。ただし、禁煙開始後1週間ほどは旅行中でのんびり遊んでいるから禁断症状は弱かったのかも知れない。その後、仕事に復帰したが、1週間ほど経過しており禁断症状も弱まり、仕事に復帰してもあまり影響なかったのかも知れない。
痰は、少しずつは薄まっているが出続けている。肺が綺麗になるまでには3年かかると言うから急にどうこうという問題ではないだろう。
- 甲状腺ホルモンが活性の方向で異常のために、薬による治療を受けている(1年ほど前から)、やっと正常範囲に戻ってきたのだが、左手の鈍さはまだ感じている。まさか、後述のリンパの影響ではないと思うのだが。ひょっとすると、極めて軽い脳梗塞でも起こしたのかな?
- 《6月:手術から1年8ヶ月》
久しぶりの記述である。3月に66歳になった。特に変わったことはない。隔月の経過観察でPSAは0.01以下である。失禁は徐々にではあるが良くなっているように思われる。骨盤底筋訓練は思い出したときにやる程度で、毎日というような状態ではないが、ゴルフなどで歩いても、パッド1枚変えるかと言うような状態になったからである。パッドは、心配なので一応付けているが、日常状態では風呂上がりに付けたものが翌日の風呂まで保つことが多い。もっとも、暑くなり発汗で尿も減っているので、その分差し引いて考える必要もあるかも知れない。
最近は、替えのパンツなども持たなくても安心して外出出来るようになった。
年数回の腰痛は持病なのだが、今までは2日ほど寝れば何とかなったものが、今回は5日ベッド上で過ごしてしまった。今まで指圧などかかったこともなかったのだが、仕方なくかかることになった。指圧の先生に手術の話をし「手術跡がわかりますか」と聞くと「微妙に固くなっているからわかりますよ」と言うことだった。
今考えると手術直後の「ちょっと動けばどっと漏れる」失禁からよくここまできたものだ。こんな点では楽観的な私だから、精神的には落ち込むこともなく「直るはずだ」という何となしの感じで来てしまったのが良かったのかも知れない。
パッド使用をやめてみた
私の場合デスク仕事が多い、外出もあるがのんびり歩きである。こんな通常の仕事状態では、術後1年ほど経過後はあまり失禁はなくなっていた。ゴルフなどで歩いたり、ちょっと走ったりすると少々失禁する。しかし、失禁しパンツを買えたり、それを持ち歩くのはいやだからパッドを当ててきた。何度も書いているように骨盤底筋訓練はさぼりがちというより、あまり行わないと言った方がよいだろう。
6月24日から、通常状態ではパッドを使うのはやめることにした。やめると無意識な中でも、失禁するという緊張が高まり失禁しないようである。緊張が高まり、自然と筋肉の絞めも訓練されるようである。もう少し、早めにパッドをやめた方が良かったのかも知れない。
以降、原則として動きの少ないと思われる日は、パッド使用をやめている。小型犬との散歩程度は問題はない。ゴルフ、多少の力仕事があるとき、外出の時などは漏れると面倒だから付けている(7/28)。
- 《10月:手術から丸2年》
- 特別に記述することはない。特に変わったことはない。検査感覚は3ヶ月程となった。PSAは0.01以下である。
- パッドはゴルフなど運動するときだけ付けている。でも、失禁するのは歩行している時ではなく、球を拾ったり、身体を加速するような時である。通常状態では、パンツは薄い失禁メッシュがついた洗濯可能なもので過ごしている。前立腺も尿の押さえの補助的役割は果たしているだろうし、それがなくなってしまい尿道と膀胱直結になってしまったから、しゃがんだり変な姿勢で下腹部に力が入ったりしたときに微妙に漏れる場合がある。まあ、これは直結だから仕方がないと諦めている。パンツは中国製らしいが2年間6枚をローテーションで使い続けている。よく保つものだ。ハイキングはしていないが、ちょっと辛いかも知れない。
- 夜トイレに起きることは少なくなった。少なくなった原因や理由は(1)寝際に飲まないように習慣が変わった、(2)肥って発汗が増えた?などであろう。昼間、膀胱に溜められる量は少ない。しかし、寝ているときは結構大量に溜まる。膀胱の緊張がないのだろう。私の場合、失禁からの快復は訓練のさぼりもあり遅かった、多分自然快復に近いのだろう。先生から薬をあげようかと聞かれたので「どのような薬ですか」と聞いたら「膀胱の緊張をとる薬です」と言われ、それなら自然快復で行きますと薬を断った経緯がある。膀胱の緊張はこんな風に影響するようだ。
- 骨盤底筋訓練は思い出したときにやる程度であるが、加齢とともに失禁気味になるだろうから続けようと思う。この程度でも、術前にあった脱肛気味はすっかりなくなった。
- 最近、食欲は弱まり体重は空腹時で約72キロ、満腹時は2キロ増である。脚は弱った。このままではこの先が大変と思うようになった。
- 勃起・神経が半分残されていても、少々太くなる程度で全然駄目である。どうも摘出施術をした者は大方こんなようである。勃起は血液充満で起こるはずだから、手術に伴う血管除去の影響もあるのだろう。
- 先生が退官され別の病院に転院された。手術時は部下だった先生に代わられた。でも、迷うことなく病院を変ず新しい先生にお願いしている。今は零細自営業だが、昔は大型組織育ちの私には、個人と組織のどちらを選択するかについて基本的な考えがあり、この病気は組織にお任せと考えているからである。
- 健康診断で甲状腺ホルモンにも異常ありということで、通院している。何だが私は腺異常だらけだが、原因は研究レベルで薬を飲んでいる。一応、正常方向に向かっている。
- 10/16妻と小犬と一緒に立川の昭和記念公園を訪れた。術後はじめての4時間ほどのだらだら歩きだった。雨は降らないが太陽も出ない寒い日・利尿効果あると聞いているコーヒー飲料なども適当に飲みという条件だったが、疲労に連れ失禁は多く、久しぶりにパッドを濡らした。こんな状態である。
- 《昨年11月:一瞬?》(2007年の記事)
末日に血液検査の結果を聞きに病院を訪れる。血液は1週間ほど前に訪れ取っている。PSA=0.02と聞かされる。今まではPSA=0.01である。一瞬「再発?」と思うが、代理の若い先生も測定誤差の範囲かも知れない、と言うし、息子にも「再発しても前立腺癌の場合は、進行は遅いらしい(多分癌細胞特性なのだろう)、後5〜10年生きていれば良いだろう」などと半分冗談を言っているので、妻にも言わず(あまり気にすることもなく)日常生活を続けることとする。1月中旬には健康診断でPSAの検査もあるので、転移などで悪化しているなら「それはその時考える」ことにする。1月の検査の結果はPSA=0.01まあ一応急変はしていないと思って良いのだろうが、正直言ってわからない。気にしても仕方がないし、所用に追われてほとんど頭にはない。
前立腺癌などという病気にかかったのだが、大きく滅入ることもなく仕事や日常生活を続けてきた。癌にかかったからと言って、本を読んだのも手術の1ヶ月半ほど前、先生より勧められて重点部分の流し読みの1回だけだったが、その後は偶然に目に入った本を数冊買ってきて流し読みをした。
先生の言動やいくつかの本を総合すると、こんなことが共通している(記憶範囲で)。
どうも本当らしいこと
- ・リンパ節に転移もなく、綺麗に取ったと思っても3割などは再発する(自身の主治医に言われた)。
・ある先生によれば、癌と癌もどきがあり、癌はそもそも転移している(ある本の記述)。
・転移が発見できなくとも癌細胞はできたときから、身体や血液の中を回っている、定着し増殖すれば癌の再発の発見となる(別の本の記述)。
- PSAの検査など何か血液中を循環していなければわからないはずだから、何か循環しているに違いない。万一、取り残したものや血液中に循環しているものが死滅したり定着しないよう願うしかない。生検を受けるときに、こんなことをやられて「癌細胞を散らさないのか?」と疑問を感じた事もあったが、真実のようである。
手術の影響が、わからないこと(本にはこの点の記述はないのだが)
- 手術直後はドレーンからリンパ液を排出していたが、ドレーンを抜いたときから急に足のかったるさを感じるようになった。それは術後1ヶ月ほどはひどかったが、徐々に治まってしまった。一部リンパ節除去の影響でリンパの力が弱まり、その影響で老廃物の排出能力が落ちた結果の影響がドレーンを抜いて対外排出から自己処理に切り替わったから急に感じ始めたのだろうか。その後回復したのは、身体の慣れと、ホメオスターシスによるリンパの快復?などあるのだろうか。
- 何となく足がむくんでいるような感じがしたり(微妙で正確にはわからないのだが)、地面を踏んでいる足の感覚が明らかに鈍くなったりしているのは、リンパの循環能力低下の影響なのだろうか?
直った? 秋口に入って、妻から「あなたも老人なのだから、これでも使いなさいと「ももひき」を渡される。今までは木綿のステテコで我慢していた。使ってみると温かいのは勿論だが、脚のふわふわ感もなくなった。多分、温かくなったので血液やリンパの循環が良くなったのだろう。また、多少は圧迫もあるので、脚の引き締め効果かも知れない。夏の冷房も意外にこたえているのかも知れないので、今後は夏も薄いものを使い続けようと思う。
- 前立腺の摘出をしてしまったのだが、前立腺に接続されている諸々はどう処理されたのだろうか?また、その影響は?
- こんな記述もみた。前立腺など男性ホルモンに影響する臓器を摘出してしまうと、身体が中性化して太ってくると言うことである。そんな影響か食欲の影響か、手術後あっという間に70から74キロに体重が増え、その後は横這いである。テレビでメタボリック症候群の報道を見たが、私は完全にそんな様子である。腹回り、血圧、血糖値、中性脂肪などなど少々だがすべてが限界を越えている。この解消には食事と運動しかなさそうである。
快復(私の特性かも知れないのだが)
- 失禁からの私の快復具合だが、必死になって努力していないこともあって、1年少々経過してこんな具合である。
- 退院時、看護婦さんから毎日骨盤底筋訓練を10回×10回(一度に)×10秒(毎回)の訓練をするように言われたのだが、私は1/3程度しか努力しなかったように思われる。
- 同じ病気にかかったある友人から歩いた方がよいと言われてはいるが、仕事柄あまり歩くことはない。平均して1日3000歩程度かも知れない。
- こんな努力状態での快復具合は、
- まだ、少々失禁気味である、
- 日常生活では支障がない、
- 下記のようなときに少々失禁する、
下腹に力が入る、歩き続ける、夕方など骨盤底筋が疲労してくる、尿が膀胱に多く溜まったとき、
- こんなことで、最近はまあ手術前の80%にでも快復すれば良いのかなと思っている。テニスとゴルフをやる患者さんが前者はどうも具合が悪いなどの話しなどを聞いているし。
である。
知っていたら迷ったかも
私の場合、
- 当初ホルモン治療を開始、その直後これで直ることもあるがホルモンが効かなくなることもある、副作用が生じる(実際に2ヶ月ほどで異常発汗が現れた)など問題を抱えて過ごすのは嫌と感じ始めた。
- その後、放射線治療も考えたが、照射に何十回と通うのも仕事柄難しいし面倒なので、小線源はどうかなと思ったのだが、先生から「日本の場合は被爆国で放射線に神経質な国だから弱い小線源しか使えないと言われ、ちょっと本を見てみると半減期60日ほどのもの、さらに先生から貴方のものは小線源では難しいかも、といわれあっさりと手術に至った。この経過には何の後悔もない。
- 真偽はともかく「癌と癌もどきあり、癌なら転移、転移していないものは癌もどき」なども知った。私の場合、前立腺の外に癌は出ていなかった様子。
- 術後1年半ほど経過してTUTRPなどという方法もあることを知った。詳述する能力はないが「前立腺の外皮を残して中をくり抜いてしまう方法」で入院などもないくらいらしい。こんな方法を知っていたら、こんな方法を採ったかも知れない。でも、所詮賭の領域かも知れない。
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